ショーケース体験談

ショーケース体験談

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2007/7/12~7/23

難波倫子

このショーケースに参加する前の自分の心境は、すごく緊張していて、手に汗を握るくらいでした。たくさんの不安と、ほんの少しの楽しみな気持ちでアメリカに向かいました。

7月12日

フロリダのマイアミ空港に夜到着。迎えの人を探してもやはり見つからず、電話をかけました。でも、英語が早口すぎて聞き取れない。最終的に「私は22番のバゲッジクレイムに居るから来て欲しい」と三回くらい言いました。そこへ相手が来てくれたので、一安心で寮に向かいました。

寮に着きチェックインしている時たくさんの人に見られ、心臓がバクバクしました。

スタッフから学校の地図をもらい、簡単な説明を聞き部屋に案内されました。部屋に着くとスタッフはすぐ去っていこうとしました。何もわからない。聞かないと!!「質問がたくさんあります」と言い、その人に質問をしました。大体の質問が終わり、最後に「私はお腹がすいている」というと「ピザがくるよ」と言われロビーで待つように言われました。

10枚ぐらいのピザが一気に届きました。それを見た時、もし私が自分からお腹がすいていると言わなかったら、ピザがあったことすらも知らなかったことに気づき、なんでも言わないとだめなのだと思いました。入る隙間もないほどにテーブルは人でいっぱいでした。

でもここで入って行かないとなにも食べられない。間を割っていきピザを取ると、そこのテーブルの男の子たちと仲良くなり、話をしました。彼らはスペインの男の子たちで、スペイン語が飛び交って、全然理解ができません。みんな英語も分かるけれど、同じ国同士だから母国語会話。でも私は、スペイン語で名前を言う練習をしていたので少し会話が弾みました。

ルームメイトもスペインの女の子。英語もしゃべれるので、コミュニケーションはまあまあとれました。

7月13日

同室のルーミーを誘って朝食。朝から昼まで英語のテスト。テストは基本的な英語のテストで、四択もしくは三択問題。TOEFLのPBTと少し似ていました。簡単な問題が多かったです。

テストのために、筆箱やメモ帳や辞書などたくさん持って行っていました。すると荷物を持ってきていたのは私だけでした。自分がガリ勉みたいでした。

練習の無い時以外はフリータイム。時差ぼけがひどく、昼間は眠ってしまっていました。

夕方からバスケットの練習開始。フォーメーションの練習をしました。コーチの英語が早いので、よくコーチに質問に行きました。軽めの練習で終了。バスケットの参加者は23人。そのうち女の子が2人。男の子の肘の高さに私の頭がある状態。練習が始まる前までは、「こんなでかくてゴツイ男たちとまともにしたら絶対死んでしまう。無理無理!」と思っていました。

けがをせず日本に帰ることを、まず考えました。でもいざ練習が始まると、負けたくない!という気持ちの方が、後ろ向きな気持ちに勝っていました。この中で、一日一本は絶対シュートを決めるという目標を立てました。

7月14日

ボードのインフォメーションをみて、一日の生活配分を自分で決めました。自己責任。ボードのインフォメーションも、まめにチェックをしないとたびたび変更されるし、情報がなかなか出ないことも度々。行く前に聞かされていたけれど、少しイライラしました。時間にルーズな人も多かったです。

バスケの練習中や試合中などは、すごく集中しました。女だからって見くびられるのはいやだ!自分をコートの中で主張しなきゃ!!

男の子は、アピールしたいのはわかるけれど個人プレーばかり。私はパスをもらえないこともしばしば。パスがこないとき、声を出して、とにかく動きました。今日の朝は練習をして、夜は初めてのゲーム。みんなが応援にきてくれて、さらに緊張が高まりました。

対戦相手は高校生チーム。かなり上手かった。

1試合目は何も出来ずミスばかり。

しかもファールなんて言葉はアメリカにないのか!?と思うほど、なんでもあり状態の試合。2試合目は3ポイントシュートを決め、アシストをし、1点差でゲームに勝ちました。みんな盛り上がり、コーチが「とてもよかった」と言ってくれました。

コーチは何度もチームメートを信頼しろ!!と言っていました。

7月15日

朝食、昼食、夕食の時間はなぜかドキドキしました。特定の友達がいなかった私にとって、同じ国同士で固まっているみんなのところに飛びこまなければならず、ここに座ってもいいですか?から始まります。それぞれの国の話、勉強したいことについて、あらゆることを話しました。もちろんそんなに上手く話せたわけではありません。言われた言葉を理解できていないと、もういいよ、なんでもない、と言われ、その言葉がきつかったです。スペイン語、ブラジル語は会話に入っていく隙もない。しゃべれない・・この中でとてもキツかったのは、やはりコミュニケーションでした。それでもめげるわけにはいかない。日本のことを話したり、日本語を教えてみたりしながら会話をしてみました。 

今日のゲームは朝から。コーチたちの指示の的確なことに驚きました。情況を見て、素早く判断する。このコーチたちに教えてもらったことを光栄に思います。

みんなボールの方を見て動かない。誰もスクリーンしないことにびっくりしました。

なんとか一本シュートを決めることができました。

午後はサウスビーチに行きました。女の子はみんな時間帯が合わなかったり、誘ってもいかないといわれたりで、1人海で泳いだり、観光したりしました。フロリダは気候がよく、とても毎日が心地よく感じました。大学のスタッフの方たちも優しく、とても仲良くなりました。

7月16日

一つ目の大学から二つ目の大学へ移動の日。バスに何時間も乗り、途中アウトレットでショッピングをし、夜大学に到着。バスのなかでは、日本語とスペイン語を教えあいました。寮の部屋へ入ると布団がない…スタッフに言うと「ちゃんとボードに布団がないって書いてあっただろ」と言われました。見てなかった…買い物に連れて行ってもらい、無事布団を手に入れました。その買い物に行く前に、男の子たちからお酒を買ってきてほしいと頼まれました。断るのにドキドキしたけど、なんとか「できない!」と伝えました。

7月17日

スペイン人はとにかく陽気で、よくしゃべり面白い。ブラジル人はとても愛国心が強く、国旗まで持ってきていました。みんなとても優しく、自分の気持ちも優しくなれました。今日はユニバーサルスタジオへ行きました。正直、楽しむより辛かった。言葉の壁はもちろんのこと、みんなに置いていかれないように必死でした。名前を言う元気もなく、ジャパニーズガールと呼ばれました。ジェットコースターでは半泣きになり、昼と夜のハンバーガーだけの食事は一気に食欲がなくなりました。みんなは夜も遅くまで起きていて騒いでいたけれど、私は眠りました。

7月18日

ショッピングやビーチへ行くことが多く、バスケットの練習は少ないように思いました。みんなも同じように感じていました。だからコーチに、もっと練習がしたいと訴えてみました。検討するよ!と言われました。

今日は朝、スカラーシップや大学についての説明を聞きました。9時と10時の二回に分かれていたけれど、私は9時に行きました。そうすると、みんなスペイン人。スパニッシュの講義だったようで、恥ずかしかったです。10時からもう一度聞きなおしました。

昼から練習。この練習が一番キツかった。プレータイムがほとんどなく、自分がなんで体育館にいるのかわからなくなりました。寮に帰ると放心状態。そして号泣し、ストレスを発散しました。夜はディズニー!ブラジルの人たちとさらに仲良くなって、やっと名前で呼んでもらえるようになりました。夜景がとてもきれいで、ほんとうに楽しかった。

7月19日

再び一つ目の大学に帰る日。その途中で大学を一つ訪問しました。訪問した大学はパソコンの専門的な学校で、映画の制作もしたり、映画のセットも学校内にあるようなところでした。インターン設備も充実していて、そこは大学ではなく職場のようでした。

7月20日、21日

午前中はスカラーシップに申し込む書類の説明を聞きました。夜はバスケのゲーム。

<ゲームでの出来事>

「なんでノーマークシュートをミスしたんだ?!」

「静かにしろよ!」

「落ち着け!」

「なんでそうする?」

このような言葉を言われ、さすがに我慢できなくなりチームメートと言い争う!

「落ち着けよ」「もっと動け」「パスまわせ」「止まるなよ」「かお上げろ」(私)

久しぶりにこんなに怒ったかも!?でも言い返さないと、自分もストレスが溜まってしまう!私のストレス発散方法は、とにかくしゃべることでした。最後は日本語で独り言を言い、日本語と英語の両方で文句を言っていました。

チームはバラバラで、さすがに凹みました。でもその中でアピールしないといけないことが厳しかったけど、ディフェンスでボールカットしシュートを三本決めることができました。

7月22日、23日

トライアウトなどの時、チームプレーのスポーツは難しい。

自分が思っている理想の動きなど出来るわけもなく、パスをもらえる保障もない。パスがもらえないときにどうするか!?自分がボールを持った時に、結果を出すしかない!もちろんボールを持っていない時も重要だけれど、回りを納得させるにはシュートを決めるのが一番手っ取り早い。

“自分で考える”ことの大切さを改めて実感しました。

最終日の今日。朝はゲームで、昼からビーチへ行った。夜はプールへ行き、みんなと語り合いました。朝早い出発だったので、お別れがあまり出来なく、残念でした。

でも、スペインとブラジルのコインと日本のコインを交換しました。

試合の休憩中、コーチからみんなの前で褒められました。バスケに取り組む精神がよい、と言われ、すごく嬉しかったです。でも、みんなの雰囲気は微妙な感じでした。

<バスケットのショーケースを終えてみて>

バスケットは大学のコーチたちが求める基準が初めから高いです。だから、日々のゲームが終わると、これではだめだ!と言わんばかりの態度がコーチたちにみられました。奨学金を獲得することの厳しさを、目の当たりにしました。国も言葉も違う中で、チームメートとして同じスポーツをすることは想像以上に大変なことでした。でも、同じものを目指すものとして通じるものがあるのも感じました。言葉が通じなくても、身振り手振りでなんとかした場面も多々あり、自分ではやり抜いたという達成感はあります。この経験が、これからの新たな一歩であると思います。

<HANNIBAL-LAGRANGE COLLEGEとの交渉>

大学の関係者とスカラーシップの金額について交渉しました。初めに紙に8000㌦と書かれ、目が点になりました。自分としてはかなりアピールできている自信があっただけに、納得できませんでした。でも、今考えれば、金額よりもオファーを頂いてほんとうにありがたい気持ちがあります。 

私は80%から100%のスカラーを期待している。(私)

私たちの大学は100%のスカラーは持っていない。一年目は8000㌦支払わなければならないが二年目からあなたの成績次第で支払う金額を少なくするようにできる。今現時点でこれが私たちに出来るベストだ!(大学側)8000㌦と再び書かれる。

分かりました。考えます(私)

他にも大学のことやシステムのことなど説明をうけました。でも正直、これでは納得できない。もう少し何とかならないか!?と思い、次の日もう一度交渉してみました。

せめて70%のスカラーをください。(私)

7000ドルと紙に書かれる。約束はできないが上司と交渉してみる(大学側)

なんとか話が出来ました。そして、とても必死な自分がそこにいました。

<インタビューでのこと>

このプログラムに参加してみてどうだったか?アメリカで何を学びたいのか?など簡単な質問をいくつか英語でされ、日本語で答えました。簡単なことなのですが、このインタビューにとても緊張してしまって、日本語なのに散々なものでした。もう一度やり直しをお願いし、二回目はなんとかまともに話せました。Websiteに載るらしいけれど、できればみたくない気持ちもあります。

<その他のスポーツについて>

参加者のほとんどがサッカーのプレイヤー。炎天下の中、過酷な戦いが繰り広げられていました。

たくさんの大学のコーチたちも見に来ていました。自分の実力次第でアピールできるチャンスは大いにある状況。しかし、やはり言葉の違いに苦しんでいました。また、怪我や体調管理がとても大変そうでした。

ゴルフとテニスは少人数で、ゆとりのある練習が行われていました。

女の子はサッカーが8人。バスケが2人。正直すごく少ないと思いました。

これから女の子の参加者がもっと増えることを願っています。

<このプログラムに参加してみて>

アジア人が1人ということで、初めは心細いように感じましたが、甘えられる場所がどこにもないので、みんなの中に飛び込んでいくしかない!と考えることができ、私には逆に良かったと思います。

さまざまな人と交流でき、素晴らしい経験だったと思います。自分のできたこと、できなかったことをもう一度よく考え、これからのことに繋げていこうと思います。

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